SSブログ

イノーを呼んでくれ [今詩]

 イノーを呼んでくれ

誰も来なくなった三階建て
吹き抜けのホールの底で重苦しく
「イノーを呼んでくれ」の声が蠢き廻る
時に息遣いは螺旋階段を登ろうとするけれど
決して最上階に辿り着くことは無く
何時の間にかホールの底でしゃがみ込む

もうイノーは床の染みでしかないにしても
そこから沸々と立ち昇る香気は未だ肉声を保持している

そしてどでかい水槽の裏板を外せば島への砂州が続く
身寄りの無い言葉は交わることも無く外洋の無口へと導かれるだろう

一体この屋敷を売らねばならぬ理由が有るのだろうか
たとえ跡形も無くイノーの痕跡が失われたとしてもだ
この屋敷に関して誰も一人称の意志を語るべきでは無いのに

こんな脆い地盤の上に屋敷を建てたのもイノーの願いなのだ
皮肉屋は忘れられることにこだわっていた
更地になったこの場所で他愛のない親子が
「良い景色だね」なんぞ話していたら
もう大喜びだろう

でも未だ誰かがイノーを呼んでいる
執拗に呼んでいる

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

胸苦しい朝の夢|- ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。